日々の綴り

日常と趣味とライティングと。

ゆるりWEBライターを6年やっていて思うこと

WEBライティングを初めて、早6年が経とうとしています。

現在は、長くお付き合いしているクライアントの下で、公開前の一次チェックを担当しながら、クラウドソーシングをメインに受注する日々です。

 

「WEBライターで○万円稼ぐ!」

「ライターで起業!」

なんていう意思はなく、お小遣いが増えるくらいを目安に細々とやっていますが、それでも時代の変化を感じました。

 

そういった、最近感じることを書いていきます。

 

クラウドソーシングサイトが優しくなった

クラウドソーシングサイトは、あくまで仕事の仲介だと思っていました。

ところが最近、WEBデザイナーやWEBライターなどの講座も開催されているようです。

 

こういった講座があれば、たしかにクラウドソーシングのハードルが下がりますね。

コロナ禍で、クラウドソーシングを始めた方でも安心のサポートといえるでしょう。

 

内容は詳しくわかりませんが、無料で見られる動画もありました。

 

失敗を極端に恐れていないか?

こういった講座を受ける方は、

  • クライアントに良質な記事を納品したい
  • 失敗して契約解除にされたくない

こういった思いがある方もいるように感じます。

 

仕事を受注する上でのサポートが充実する反面、ちゃんとした記事を納品したいと思うのでしょう。

むしろ、ちゃんとした記事を納品できるように講座を受けている傾向ですね。

 

実際に、受講経験がある方を何人かクライアントが採用していましたが、

  • 私にはこの案件は難しい
  • もっとレベルアップするために上級の講座を受けるから契約更新しない

こういった人もいて、実は長続きしないように感じます。

 

講座を受けて、単価の良い案件に応募したい方もいるでしょう。

しかし、そういった案件は実務経験のある方を優先的に採用しています。

 

単価が著しく低いのは別の問題です。

とはいえ、まずは「初心者歓迎」な雰囲気の案件で、自分が本当に向いているかどうか、いきなり飛び込んでみるほうが馴染みやすいと思っています。

 

講座を受けても、実務はクライアントによってクオリティの差が大きいものです。

講座と違うというギャップを感じるなら、まずは自分が成長できそうなクライアントを探すのが良いのではと感じました。

 

  • 初心者OK
  • 修正をお願いすることがあります
  • 修正対応を見て継続を判断します

こう書かれている案件は個人的におすすめです。

自分のライティングスキルを上げてくれて、さらに少なくても報酬がもらえるなら最高ではないでしょうかね。

 

フィードバックや修正依頼のある案件は、学びになるのでおすすめです。

 

ライターになれば稼げると思っている

これはSNSなどの影響ではないかとクライアントが言っていました。

ライターは文章を作るだけで稼げる、と思っている方が増えているように感じます。

 

コロナ禍でクラウドソーシングが注目されて、WEBライターを目指したり、ブログ運営を始める方は増えている傾向です。

 

ただ、その代わりに質の悪いブログも増えました。

全然情報が載っていないブログも多くなっています。

こんな記事を書いて、よく稼げると思っているな。

そういった記事は多いですね。

 

WEBライターも、たくさんの案件をこなして経験を積んでスキルを磨いていきます。

簡単に稼げるものではありません。

 

WEBデザイナーでいえば、かけだしちゃんが有名になりましたね。

実は、WEB業界はそんなに甘い世界ではありません。

完全に仕事を辞める方も多いですが、まずは仕事しながら副業として始めるくらいが良いでしょう。

 

案外、副業として始めたことが本業に活かされることも多くあります。

そういった相乗効果も考えると、安易に仕事を辞めてしまうのはどうなのかなと感じました。

 

実務とこなしながら学ぶのがおすすめ!

WEBでいろいろ検索すると、ライティングのコツやノウハウが出てきます。

クライアントに指摘された部分を調べて学びにする。

そういったこともできるのが、WEBライティングではと思いました。

 

本業のライターになるなら、編集や出版などの求人を探して、そこに応募するほうが近道に感じました。

 

本業と並行しながら収入を増やすなら、飛び込んでみるのもアリでは?

最近、いろいろなWEBライター志望の方を見ていると、そう感じざるを得ません。

 

東京になかった埼玉のアレ

お題「地元では当たり前のものなのに、実は全国区ではなかったものってありますか?」

 

生まれも育ちも埼玉。

そんな私は13年前、東京の人と結婚して東京に住み始めました。

 

実家まで電車を乗り継いで約2時間。

実家に住んでいた頃から、池袋などによく行っていたので、東京は身近だと思っていました。

しかし、子どもを産んで育て始めてから、あれ?と思ったことが。

 

  • 硬筆展ってないの?
  • 北辰テストがなくてどうやって高校受験乗り切るの?

 

硬筆も北辰も当たり前だと思って育っていました。

どちらも東京にはないみたいで、子育てしていてどうしたもんかなと思う毎日です。

 

金銀銅のシールが楽しみな硬筆展

小学1年生からあった硬筆展。

春は硬筆で冬は書き初めというのが、1年の流れだったように感じます。

 

廊下に貼り出される作品。

その右上に丸シールが貼られます。

小学校では、どんなに上手くない子でも銅賞ということで赤いシールが貼られるシステムでした。

 

金賞は圧倒的に上手い子。

お習字を習っている子が多かったです。

私も銀賞が1回だけあるので、銀ならお習字を習っていない子でもチャンスがありました。

 

金賞の中からさらに選ばれた作品は、県や市の作品展に出品されます。

ほぼ毎年選ばれる子もいた記憶です。

 

このように、書き初め展以外にも字の丁寧さがアピールできる機会があったので、お習字を習っている子も多くいました。

 

私が今住んでいるところは、書き初め展だけ。

その書き初めも、低学年は硬筆です。

そういえば、埼玉では低学年のうちは年2回硬筆でした。

けっこう練習するので、4Bの鉛筆は何本か買ったような。

 

しかし、東京では低学年の書き初め展でしか4Bの鉛筆を使いません。

買わずに学校からもらえていましたが、なんとなく納得です。

 

北辰テストで実力を知る

 

高校入試といえば、北辰会場テスト。

中学3年生になると、毎月のようにあって、何回か受検しました。

 

志望校が5つくらい選択できて、今の実力を知ることができます。

毎回のように受検すると、教科だけでなく苦手なジャンルも客観視できていたようです。

 

この北辰テストも全国区ではなかったみたいです。

まだ子どもが小学生なのでしっかり調べていませんが、東京は進研Vもぎというものがありました。

しかも、月に数回も!

 

北辰がなくても、これなら安心かもしれません。

 

試験会場も、さまざまな高校や大学となっていました。

こういったところで雰囲気を味わう経験は、とても大事ですね。

 

地元を離れると発見がいっぱい!

もともと都会で住みたいと思って暮らしていました。

地元を離れると、それまで当たり前だと思っていたいろいろなことが、実は違っていて。

でも、その発見がとてもおもしろいです。

 

固定概念を覆されるので、最高に楽しいなと感じる40代の春でした。

 

地名の間違いと文化の違い

お題「子どもの頃に勘違いしていた、ちょっと恥ずかしいこと」

父は、漢字があまり得意ではありませんでした。

勉強はできたほうだと自負しているが、中卒で東京に出てきて板前になった人。

幼いながらもそれに気づいた私は、両親にそこまで期待していなかったのも事実です。

 

特に地名の間違いは数知れず。

寒河江を「さむかわえ」と読み、浜離宮を「はまりぐう」と読む人です。

「はまりぐう」は、中学生になる前に違うことに気づきましたが、「さむかわえ」は高校生くらいまで間違いであることに気づきませんでした。

 

自分が正しいと思う父と逆らえない母の下で育ったので、こういった間違いを指摘する人がいるわけがありません。

間違いの指摘はもちろん、自分を否定するようなことを言われると、誰彼構わずすぐに激昂するので、そのまま後期高齢者になろうとしています。

 

そんな今、私も2児の母です。

私は子どもたちにこう伝えています。

「親なんて完璧な人ではない」

 

普通は普通ではない

 

私は、父親の言うことに逆らわない家庭で育ちました。

これが間違いでも正解でもないと思います。

 

ただ、よく耳にする「常識として……」「普通は……」。

この常識や普通は、その家庭で形作られるものだと思います。

 

たとえば、誕生日のお祝い。

私の家庭は、誕生日当日に祝えないなら過ぎてから祝いなさいと教えられてきました。

ところが、夫の家庭はお祝い事はすべて事前に済ませるもの。

こういった考えの家です。

 

お祝い事は前に済ませるというのは、たしかに他人との話題でも出てくることが多いように感じます。

ただ、私の場合は裏付ける理由の説明がありました。

 

「もし、前祝をしてその直後に事故などで亡くなってしまったら?

その年齢を迎えられなかったらお祝いする意味がないでしょ?

だから誕生日だけは、当日祝えないなら、その人がその年齢になった後に祝ってあげなさい」

 

もちろん、ある意味で他人である夫の母にはそのことを話しません。

70代の人に説明しても、受け入れてもらえる気がしませんからね笑

 

また、私の中で普通だと思っていたことはいくつかあります。

自分のルーツです。

 

私の家庭は、父がよく自分の先祖について話していました。

うちの先祖は富山から。

おばあちゃんは観光タクシー会社のお嬢様だった。

お墓は代々どこそこの寺に建てている。

 

ルーツというか、そういった成り立ちをふんわりとでも知っているのが普通と思っていたので、夫の父が亡くなった時はとても困りました。

そういったことを聞いたことがなかったのだそうです。

 

おかげで改正原戸籍などの取り寄せに、とても苦労しました。

そうでなくても、戦後直後の生まれ。

夫の祖父や祖母は、どこで疎開していたのかなど、まったく情報も手掛かりもないので、かなり時間がかかりました。

それをなぜ、妻というか嫁の私がやっているのかも謎でしたが。

 

学校やバイト先、社会人になれば職場でいろいろな人と交流することで、普通が普通なのかが疑わしいと思うことがあります。

そのたび思うのです。

 

普通は普通ではないのかもしれない、と。

 

常識も一度疑っていいのかも

 

この子どもたちも、4月で小学校高学年。

子どもたちには、こう伝えています。

 

親が言っていることも先生が言っていることも友達が言っていることも、それが100%正しいわけではない。

 

親だって人間ですからね。

間違うこともたくさんあります。

その中で、自分が正しいと思うものを選んで進んでほしいと願う日々です。

 

まず、地名は正しく覚えましょう!

憧れに自分軸を置く

お題「あなたの「自分軸」って何ですか?」

 

私の自分軸は「東京」

東京に憧れて、恋焦がれて。

自分の思うままに進んでいったら、東京在住の男性と結婚できました。

 

地元で一生を終わらせたくない

私は、埼玉の田舎で生まれ育ちました。

都心まで約1時間のところです。

 

物心ついた頃から、周りのお友だちに馴染めず、友だちに囲まれるなんてことはあまりありませんでした。

一人でいることは、それほど苦ではなかったです。

だけど、誰かを一緒に行動しないと、女子というのはグループで動きたがる面倒な生き物。

行事の時とかのために、それなりに話を合わせて過ごしていました。

 

中学の家庭科の授業だったと記憶しています。

人生設計をする内容の時、私が提出したプランはこれでした。

 

とりあえず30歳で結婚する。

それまでは遊ぶ。

 

他の女の子が20代前半で結婚したいと書いているのに対して、私は20代は遊ばないと損だと思ったからです。

自分軸のかけらもない感じ。

 

でも、その提出したプランにもう一つ、書いていることがありました。

東京で暮らしたい。

 

流れるままに地元で暮らす日々

地元で過ごし、親に反対されて高校も隣町。

その親がてっきり大学まで行かせてくれると思っていたら、国公立すら厳しいといわれて。

私は、高校を卒業後に半年フリーターをしてから就職しました。

 

就職したのも、埼玉県内の会社。

異動があっても県内のみです。

 

こんな地元に埋もれたくない。

でも、高卒で地元に就職した私にできることはあるのだろうか。

 

ありました。

当時はガラケーの出会い系サイトが流行り出した時期。

たまたま出会った自由が丘の商社マンと、会って数回デートすることがありました。

 

やっぱり、東京の都会に身を置くって良いなと思ったことは今でも覚えています。

その2年後くらい。

職場の取引先として出会い、付き合うことになったのが今の夫です。

 

この船に乗らない手はない

幸か不幸か、10歳も離れた男性なので、結婚願望はめっちゃ強めでした。

ここに飛び乗らないと、一生東京で暮らせない。

そう思って、されたプロポーズを超快諾しました。

 

もちろん、人や環境は選びました。

家族との人間関係が良すぎず悪すぎず、その先もやっていけそうかどうかは、かなり考えて、この人ならいけそうだという人と結婚することに。

 

あれから13年以上経ちました。

 

華やかさと便利さが好き

東京に住んでみたら、土地柄もありますがまぁ便利。

ちょっと歩けばコンビニやスーパーがあるし、その選択肢が多くて楽しいです。

やや下町に住んでいるので、人の温かさもほど良く快適に感じますね。

 

引っ越したらすぐに仕事を探そう!

そう思いましたが、夫は家にいてほしかったらしいです。

計算外だったのは、すぐ働けなかったことくらい。

それも目を閉じれば、毎日最高だと感じています。

 

もし、何かあって離婚しても、家賃が安かろうと私は東京が好きです。

東京の都会が持っている何らかの魔力だとしても、死ぬまで住み続けたい。

そう思っています。

 

地元にいたときは、人見知りゆえに気が強くて近寄りがたく思われていたかもしれません。

しかし、現在は人間関係にも恵まれ、私も学習してポジティブな選択ができるようになりました。

こうなれたのも、東京で暮らしたいというあの日のプランがあったからだと思います。

 

私の自分軸は東京。

今夜もビル群の夜景をみながら眠りにつこうと思います。

 

 

 

 

海外行くなら近くてもいいじゃない?

お題「人生で一度でいいからいってみたい国ってどこですか?」

 

今年で42歳。

平均寿命で折り返しなので、これを本気で考えてみました。

ズバリ!韓国です。

 

たぶん海外旅行が得意ではない?

まず、長時間の飛行機があまり得意ではないかもしれない。

そう思っています。

 

新婚旅行すら、本当はハワイへ行きたかったのです。

でも、ハワイは飛行機で約8時間。

たぶん、乗り物にそんな長く乗っていられない体質かもと思い、グアムを選びました。

幸い、夫も8時間乗っていたくないということで同意してくれたのが幸いです。

 

じゃあ国内にすればよかったのでは?と思われそうですが、やっぱり新婚旅行って海外へ行きたいよねという謎の願望がありました。

グアムにしたのもそのためです。

 

海外チックな食事が続けられない

私は洋食が大好き。

魚を食べるなら肉を食べたいし、出汁の味よりもケチャップやソース味が好き。

そう思っていました。

 

だから、グアム3泊4日くらい全然余裕。

横文字の食べ物最高。

そう思っていました。

 

しかし、3日目の朝に一人で出向いたABCストアで買ったものは、3ドル60セントの即席の永谷園お茶漬け。

お湯を入れるだけで食べられるお茶漬けを買っていました。

当時、1ドル70円の時代だったんで、3ドルちょっとなんて大したことなかったですからね。

 

その前まで、とんでもない色のお菓子とかバーベキューとか、さんざん食べていたのに、3日目の朝起きて食べたくなったものはお茶漬けでした。

 

この時思いました。

現地の食事が続くと、急に日本食が恋しくなってしまう体質かもと。

 

海外に日帰りとか1泊2日なんて、あまり現実的ではないですよね。

その点、韓国なら日帰りも可能。

20代の頃、韓国コスメの1次ブームで日帰りでコスメを買いあさりに行く友人もいました。

私は、こういった近場で雰囲気をある程度満喫してくるくらいがちょうどいいかもしれません。

 

韓国も、肉料理がおいしいものが多いし、チヂミやサムゲタンもどきならたまに作ります。

想像できる料理って、安心感がありませんか?

 

近い海外なら行ってみたい

そんなわけで、私が死ぬまでに行きたいのが韓国です。

おいしいものを食べて飲んで、ちょっと鉄道とか乗ってみたり。

ホテルのテレビでエンタメをみて過ごしたい。

それで3泊4日なら、私でも行けそうに感じました。

 

もちろん、無理に海外旅行をする必要はないと思っています。

日本にも素敵な観光地はたくさんありますからね。

 

でも、せっかくならもう一度海外旅行を楽しみたい。

それなら、韓国が良いかなと思いました。

 

 

 

 

家庭と仕事の間でもう限界!PTA役員をして感じたこと

お題「PTA役員をやって感じたこと」

 

リアルなお題を見つけちゃいました。

私、今年度PTA役員。

役職は交通部部長です。

 

主な仕事は、登校時の苦情受付。

子どもたちの学校は、班登校でさらに旗当番があります。

その苦情を一手に引き受けるのが、私の仕事です。

 

もうすぐ1年の刑期…いや任期が終わるので、私感をまとめたいと思います。

 

メリットと内容のバランスがギリってところ

 

 

交通部のメリットは、それぞれ子ども1人につき1回引き受けないといけないPTAと町会児童会の役員を一緒にできること。

しかも、交通部を請けてしまえば、児童会長も免除できます。

そのため、このメリットしか知らない方が喜んで引き受けたくなるのが、交通部です。

 

そもそも交通部は、旗当番と登校班の運営を担っています。

昨今の働き方改革で、登下校は教員の指導下ではないとされているからです。

 

うちの学校も、旗当番と登校班が町会(ここでは児童会)とPTAの運営という名目になっています。

そのため、児童会の交通部になればPTAを兼任できるわけですね。

 

ただ、PTA主催のイベントとは異なり、学校がある限り毎日のようにある登校の見守り。

テーマパークのなんちゃらパスが値上げになるよりも、食品の値上げのほうが人の不満が大きいわけです。

それと同じで、登校時の不満はめちゃめちゃあるわけですね。

 

寄せられてくるハプニングの対応を考えると、メリットと内容のバランスはギリギリ釣り合うかなといった感じがしました。

 

なぜか部長に寄せられる不満

 

うちの学校には8つの町会があります。

各町会に1人、交通部がいるわけですね。

それぞれの町会で起きている問題は、それぞれで解決してほしい。

これが本音でした。

 

しかし、なぜかすべて部長に相談が寄せられてきます。

もちろん、「それは児童会さんで話し合って決めて」と投げ返すこともありました。

しかし、交通部部長に言えば学校へ投げてくれると思っている保護者が、一定数いるようです。

 

PTAは御用聞き。

いや、それ違いますよ?

 

それに、班登校だろうが個別で登校だろうが、登校時の責任は保護者にあります。

頼むからもっと自分の子どもに責任取ってくれないかなー。

 

本部が自立しているからありがたい

 

これはあくまで私のいた学校の場合です。

PTAは、本部の下に専門部の組織があります。

さらに、有志のパパさんたちで組織されているボランティアも。

 

そのため、行事の際に専門部まで駆り出されることがありませんでした。

これがめちゃくちゃ助かりました。

運動会や学芸会などのたびに、打ち合わせで学校へ行っている時間などないわけですから。

 

そういえば、コロナ禍で普及したリモート会議はどこ行ったのでしょうね。

 

逆にいえば、専門部もそれぞれで自立しています。

相談として必要な時に本部へ連絡することはありましたが、なんでもかんでも本部のご機嫌を伺わなくていいのは最高です。

 

その本部も、会長を数年で交代するような仕組みになっています。

2年とかそのくらいで交代されているので、重鎮の機嫌なども関係ありません。

どうやら、会長歴任者は顧問という立場があるようですが、誰が顧問なのかは執行部レベルしか知らないようです。

 

これくらいの組織なら最高だなと思いながら活動していました。

 

でもやっぱりPTAはいらないかも

 

来年度から、うちの学校もPTAの任意化がスタートするようです。

そうなると、役員をやる必要性も低くなってきます。

おそらく、私の子どもらが成人するころには、PTA自体がなくなるかもしれませんね。

 

ただ、なくなっても特にデメリットがないのではと思います。

学校行事で人の手が借りたいなら、学校からお手伝い募集をすればいいわけです。

お手伝いなら、PTA役員よりも気楽に参加できますよね。

 

それに、平日は学童で土日に習い事を入れる家庭も少なくありません。

そういった子どもたちはどうしても、土曜に行われるPTA主催イベントの参加が叶わないわけです。

これを理由に児童会を脱退する方も多くいます。

 

学校側も、行事以外に出前授業などさまざまな取り組みを行ってくれています。

そういったものだけでも、充分ではないでしょうかね。

 

なので、私はPTAがなくなることに賛成です。

役員もしなくていいし。

 

仕事と子どもと家庭のことで精一杯なのに、PTAまでなんてやっていられない。

これが、役員をした感想です。

 

学校は、子どもが学ぶ場所。

PTAはそもそも、そのオプションのはずです。

そのオプションにばかり時間をとられたら、本末転倒もいいところ。

 

来年以降もPTAの活動費は払いますが、役員はもうやりません。

これで4月から自由の身です!

 

と、その前に引き継ぎ書類の作成をしますかね。

個々のスタイルが変わらない1億円の意味

お題「1億円あったらどう使う?」

 

こういったお題、一昔前だったら「100万円あったらどう使う?」でしたよね

ただ、この物価高。

100万円はすぐになくなってしまいそうなので、1億円くらいが妥当かもしれないと思いました。

 

私だったら、家族4人でキレイに4等分!

これは一番揉めませんからね。

 

そのうえで家族みんなの使い道を予想してみました。

 

夫は仕事半分、自分に半分

 

夫はとにかく物欲強め。

毎年アウターは欲しいし、楽器も欲しいし、自転車も欲しい。

あと何か欲しいって言っていた気がするけど、なんだっけ。

 

それくらい、何かしらの買い物が大好きです。

2,500万円あったら、1,500万円くらいはすぐに何かモノに変わっていそうだと思います。

 

  • 革ジャン
  • スカジャン
  • Gジャン

このあたりのアウターは、特に普段からメルカリなどでチェックしているようです。

正直、革ジャンは年に10回も着ないのに。

 

  • 自転車
  • アルトサックス
  • アンプ

このあたりも欲しいと言っていました。

幸い、川が家の近くなので、河川敷で楽器練習できるかもしれません。

 

若い頃、どこかホテルの近くで当時ソプラノサックスを吹いていたら、

「大変美しい音色で恐縮ですが……」

と、ホテルマンに丁重なお断りを食らったとか。

 

うん、川っペりにいこうぜ。

 

アンプは最近、昔買ったというエレキギターを練習しだしたので、それで欲しいのだと思います。

 

残りは貯金するか、会社の負債に充てるかもしれません。

なんなら全額充ててほしいですが、やっぱり自分のお金は自分で使いたいと以前言っていたので、1,000万円くらいかなと。

負債の詳細はここでは割愛します。

 

長男は鉄道模型で泡になる

 

鉄ヲタにもいくつか種類があるそうです。

11歳の長男は、スペシャリストではなくジェネラリストな鉄ヲタなので、その時々で

ハマるものが変わります。

 

現在はもっぱら鉄道模型

一人暮らししたら模型部屋を作りたいと言っているので、今2,500万円も渡したら、全額使われてしまうかもしれません。

 

鉄道模型のために、友だちと駄菓子屋にいっても1円も使わず、ケチ男の称号を手に入れている長男。

2,500万円渡したらどこまで模型に溶けるのでしょうか?

 

次男にゲーミングPCを買ってあげたい

 

何かにつけて「将来の夢はプロゲーマー」という次男。

ただ、パソコンには疎く、もっぱらスマホでゲームするのみです。

 

そんな次男なので、まずはゲーミングPCを買ってあげたいですね。

 

コンシューマーゲームではない、時代はeスポーツぜよ。

 

いや、私もゲームは昔から疎いのでわかりませんが。

 

eスポーツプレイヤーは夢があると思います。

目指すことは悪いことではないと思うので、目指したいならとことんやってほしいですね。

 

本当は乗馬をさせてあげたい

 

2年くらい前に、小学校からもらったチラシで申し込んだことがあります。

乗馬体験。

動物園にある、ただのっかっているだけではない、ちゃんとした乗馬を1時間みっちり教わる本格レッスンです。

 

そりゃあ、子どもはやりたいって言いますよね。

でもね、うちのような家庭ではできないのだよと、子どもたちに話して謝りました。

 

ちなみに、子どもたちが受けたところはジュニア会員で、

入会費 66,000円

月会費 11,000円

騎乗券 2,750円/1回(土日祝)

 

9歳の次男が18歳まで続けたら、

入会費 66,000円

会費合計 1,188,000円

月に2回連れて行くとして

騎乗券 594,000円

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合計 1,848,000円

 

これに馬具代を入れても、190万円。

電車で通う交通費を入れても200万円くらいでしょうか。

 

こうなったら、2,500万円渡すときに「乗馬できるぜ!」って声かけるかもしれません。

動物とのふれあいなので、情操教育にも良いと思っています。

たまに自分のこづかいで、お馬さんへにんじんでも差し入れしてあげたり。

それも、2,500万円の中でやってね。

 

私はもっぱらNISAに回したい

 

いろいろ考えて、やっぱり今はNISAに充てたいですね。

2,500万円とはいえ、全額生活費に充てても6年くらいしか持ちません。

ならば、大人しく投資したほうが良さそうに感じました。

 

これまで通り働きながら、児童手当は高校や大学の学費や塾代に充てて、わずかに残るお金は貯金しつつ、今までの暮らしを維持していくほうが健全ですね。

 

たまには友だちと豪華に飲みたいなという時は、貯金を使えばいいかな。

 

結局は今の生活のまま

 

なんだかんだいって、1億円あってもそれぞれのスタイルは変わらないことに気づいていしまいました。

 

宝くじも、夢を買っているとはよくいったもので。

実際に当たる確率は本当に極々僅かなものですよね。

 

1億円もらっても、結局は今のスタイルを維持して、

これからも好きな仕事をして、家事育児して、夫の話し相手になる。

これが結論になりました。

 

さて、今日もいただいた仕事をありがたく全うしましょうか!